ミニストリー紹介

現在、「インドネシアミッション」では、 グロリア寮1・グロリア寮Ⅱ・ベラカ寮の
3つの寮、 ATI神学校とアナスタシス教会を支援しています。

ATI神学校

1984年にATI神学校が設立された背景には、1970年頃インドネシア各地に起きたリバイバルの波を受けて、このカリマンタンでも多くのダヤク族の集団回心があったのですが、その人々を導く指導者が足りず、多くの人々がまた元の信仰に逆戻りしていったという出来事があります。

事務所
卒業式

インドネシア・西カリマンタン州における宣教課題のひとつは指導者の
不足です。普段は人が訪れることの無い、車も通れないような奥地の村にも、礼拝を行なうための教会の建物はありますが、多くの教会では牧師・伝道師などの“群れを導く人”が足りません。聖書を教える人がいないと、彼らはアニミズムの信仰を持ったままで、生活の中で呪いや偶像礼拝と深く関わっています。村にはドゥンクンと呼ばれる呪術師がいて、病気の時や生活の中の様々な儀式にはこのドゥンクンが登場します。

ATI神学校で聖書を学び、5年半の訓練を受けて“イエス様の弟子”として成長した神学生たちが卒業後、それぞれの宣教地へ送り出されて行きます。

宣教の働きの鍵は「人」です。
ATI神学校の卒業生である中高生寮の舎監たちが皆、喜びをもって創造的に奉仕しており、働き人を輩出していく神学校の重要性を覚えています。

アナスタシス教会

主に貧しい華人インドネシア人が集う、殉教と迫害の歴史を持つ教会。
1990年に安東栄子宣教師が殉職された交通事故現場近くに、故安東宣教師の宣教への思いが継がれて建てられた教会です。
一度地域の人々による打ち壊しにあった後、1997年に再建築されました。
長い間正式な土地証書を取得することが出来ず、教会の土地に勝手に家を建てられる問題なども起こり、2010年から本格的に手続きに取り組み、2019年8月にやっと土地証書を手にすることが出来ました。
設立当初から問題が絶えず、牧師も次々と替わってきました。しかし様々な問題が起こり続けるということは、教会が伝道の前線に位置していることであると思います。
そして、問題を解決するごとに教会員が成長し、自立意識も高まっていきました。

アナスタシス教会
アナスタシス教会
旧グロリア寮Ⅰ

グロリア寮Ⅰ

マレーシアとの国境近くの町エンティコンに1997年設立した中高生寮。
エンティコンから川を遡って行くとスンクン族の住む村々ががあります。
そこは山岳地帯でほとんどの村には小学校しかなく、 この地域に中学校は1つあるだけです。 家から遠すぎて学校に通えない子どもたちが たくさんいます。 子どもたちが中学校や高校に通うためには、 家族から離れ、学校のある町に住む親戚や知人の家にホームステイするしかありません。

子どもたちは、そこで家事などの手伝いを しながら学校に通います。
しかし、 ホームステイ先が、子どもたちにとって 必ずしも良い環境であるとは限らず、様々な 事情で学校を続けられなかったり、他宗教への 改宗を促されたりすることがあります。 安心できる環境と、子どもたちの信仰を守るため、「学校の近くに信頼できるクリスチャンのための寮があれば」という願いから、グロリア寮の働きは始まりました。

寮の建物が老朽化し、2014年より始まった移転・建築プロジェクトは、2016年10月に造成工事から始動し、2月に新寮建築の定礎式が行なわれました。2018年1月に細かい部分を除いて完成し、2月に寮生たちが無事に 新しい寮に移転することができました。
3月7日献堂式。献堂感謝礼拝の時を持ちました。図らずもこの3月7日は 旧グロリア寮が20年前に献堂式をした同じ日となり、神様の祝福を感じて大いに励まされました。

建物部分は完成しましたが、排水溝、道路の整備、寮前斜面の土留めなど、まだまだ工事は継続しています。

スンクン族が住む山岳地帯
新グロリア寮Ⅰ(2018年移転

グロリア寮Ⅱ

スルートゥンバワン村にある中学生寮。
この地域(山岳地帯)にはスンクン族の住む村々がありますが、子どもたちが教育を受ける環境が整っていません。中学校はこの地域に1つしかありません。中学校から遠く離れた村に住んでいる子どもたちが、家族から離れて寮で生活しながら中学校に通っています。寮が建設されたことで、子どもたちが就学する機会が与えられています。

寮出身の子どもが小学校教師となり、村に戻って来ました。
彼らは小学校で教えながら、教会学校でも子どもたちに聖書を教え、そして日曜日には礼拝で説教を頼まれたりもします。まだまだ若い彼らが説教まで任されるのは、村に説教ができる“人”がいないからです。

寮の移転
2009年、山林の伐採と地球温暖化の影響か、グロリア寮Ⅱの前のスカヤン川が毎年氾濫し、川が増水するたびに寮の前の土地が削られ、地盤の土が地下で流され、1階の床に1.5メートルぐらいの深い穴があきました。 寮の周辺にも同じような穴が数カ所あき、建物が地滑りの危険のため、移転計画が開始しました。 2012年に今の土地に建築・移転しましたが、2020年現在、寮の前の道の拡張工事に伴い、後ろの土地へ移転する事になりました。今の寮は部屋数が足りないため、この機に部屋数を増加した再建築を希望しています。

ベラカ寮

2006年に建設された高校生のための寮。広大な土地があり、将来は経済的に自立することをめざし、畑を耕すなど方法を模索しています。

2004年「子ども寮のために」との支援があり、ベラカ寮建築プロジェクトはスタート、最適地を探し始めました。

当時この場所は、中心地から車で20分ほど離れた所で、新たに開発されている地区で、役所関係の建物があちこちに建ち始めていました。
周辺には中学校・高校が何カ所かありましたが、奥地の村の子どもたち(ダヤク・スンクン族)は留まる場所がないため、掘っ立て小屋のようなものを建てそこに住んだりして学校に通っていました。
「子ども寮」を建てることで、この地域への伝道も新たに広がっていくとの思いもあり、ブンカヤンに新たに寮を建てることになりました。
イエス様は3年半の公生涯の大部分を12人の弟子たちと過ごされ、忍耐をもって模範を示され、共に奉仕されました。同じように寮で子どもたちがイエス様に本当の意味で出会い、そして舎監たちの愛情と指導と訓練の下にイエス様の弟子となっていくことを目指す意味もあり、ベラカ寮の礎石には「すべての国民を弟子とせよ」(マタイ28:19)のみことばが刻まれました。
2006年4月に落成式を行ない、7月の新学期に向け5月から入寮生の募集が始まり、ベラカ寮はスタートしました。

寮の働き

中高生寮では、子どもたちが聖書からメッセージができるように指導されています。これは聞くだけよりも語るための準備をする方がみことばの理解が深まるという点と子どもたちが休暇に無牧の村(多くはカトリックの村出身)に帰ったときにみことばを語るチャンスがあるという点でとても有効です。そのほか礼拝でコーラスの指揮や司会を頼まれたりしています。 学校に通うだけでなく、寮の中で聖書を学び、賛美し祈り、良き指導者(舎監)の元でクリスチャンとしても成長しています。 寮に入ることで、中学・高校と教育を受ける機会が与えられ、小学校教師や看護士、様々な将来への道も開かれています。